化石の王 プレビュー版

「何が起こったっていうのよ…」
 空が大きく振動し、そしてガラスのように砕けていく。降り注ぐ破片の所々に、うっすらと私が組み上げた術式が見える。
 幻想郷を包む結界を破壊するなど、そう簡単に出来ることではない。そんなことが出来るのは、博麗の巫女ほどの力を持っているか、作った本人である私ぐらい。それでも内側から破壊するほか方法はない。
 結界は外から壊されたのだ。一体誰が、何の目的で?――思考を巡らせ、身構える私の前に姿を現した「ソレ」は、おおよそ私の予想を遙かに超えるモノだった。


 ほんの数時間前のことだ。幽々子の従者、魂魄妖夢が突然訪ねてきた。いくら妖夢とはいえどここは迷い家、外界と幻想郷の境界上に位置するような場所に、隣近所の家を訪ねるような感覚で来ることは出来ない。ましてや迷い家に来るときは、大抵私のスキマを繋いで出入りするが故に、おおよその見当もつかないはず。
「おはよう妖夢。よく道が分かったわね」
「ええと、紫様の気をかすかに感じたといいますか、多分こっちだろうなと直感で。上手く説明出来ないのですけど…」
 自分でも良く分かっていないのだろう、しどろもどろになって妖夢は答えた。その様子は年相応…いや、あどけない少女の反応と言ったところか。幽々子がこの子をよくからかっている理由もよく分かる。
 しかしやってのけたことは、並大抵の人間が出来る技ではない。気を察知すること自体がそもそも難しく、その上、気質から個人を特定するなど不可能に等しい。出来るとすれば元素に精通した、それも察しの良い魔法遣いぐらいだろう。それだけ妖夢は成長している。魂魄一族共々、西行寺と共に歩んできただけのことはあると言うことか。
「で…、わざわざ出向いたと言うことは何か大事な用件があるのでしょう?」
 冬ならば兎も角、例年これだけ暖かくなれば、白玉楼にはそれなりの頻度で訪ねている。それすら待てないと言うことは何か理由があるはずである。――面倒でなければいいけれど、そう思いながら妖夢の言葉を待つ。
「それが、幽々子様が白玉楼の空がひび割れていると言うのです」
「空が割れている?」
 私は耳を疑った。空が割れるなど、聞いたことがない。
「…やっぱり変な話ですよね。私には見えませんし。幽々子様には紫様を呼んでくるようにとは言われたのですけれども」
「相変わらずあの子が言うことは、訳が分からないわね…」
 あまりにも不可思議なことを言われて、納得がいかないままここに来たのだろう。妖夢も主の命とはいえ、すっきりしない様子だ。
 空は空気に光が反射しているに過ぎない。当然ながら空気が割れるはずもない。割れるとすれば…
「――割れる物は、一応あるわね」
「え?」
 妖夢は驚いた様子でこちらを見る。私だって内心驚いている。恐らく、妖夢とは違う理由だが。
「兎に角、白玉楼に行きましょうか。見てみないことにはこれ以上分からないわ。――藍、少し出かけるから家を頼むわ」
 藍は家事の手を止め、一礼する。
「行ってらっしゃいませ、紫様」
 宙に線を描く。やがて線は何もなかった空間に境界を与え、私達はその中へ入っていった。


<仕様>
A5 28P 小説

<頒布価格>
イベント頒布価格300円

<頒布>
2011年5月4日 幽明櫻に(都産祭2011内)
C-27「楼月堂」

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